去る2017年10月26日・27日、北海道大学低温科学研究所において、二日間にわたる共同研究集会が開かれた。集会は二部構成で行われた。第一部では「子育て、ライフイベントとフィールドワーク」が、第二部では「フィールド研究におけるデータ、メディアアーカイブの分野横断的な共有と情報発信」がテーマとなり、FENICSの参加者・運営者を中心に、フィールドワーク研究の方法論から、研究者の「保活」やワークライフバランスなど、幅広いトピックで様々な意見が交わされた。特に第一部は、研究者にかかわる男女共同参画を進める北海道大学人材育成本部女性研究者支援室との共催で行われ、研究領域だけでなく実務・学内事情に明るい方々の意見も交え、さらなる多彩さが際立つ会であった。

 以下に、それぞれの報告に関して短くレポートしたい。主催者である、東京外大アジア・アフリカ言語文化研究所の椎野若菜さん、低温科学研究所の的場澄人さんが本会の趣旨とFENICSの取り組みについて概括して会がスタートした。

 国立科学博物館にて日本学術振興会特別研究員の「RPD」を務めていらっしゃる久世濃子さんは、「海外での子連れフィールドワーク」と題して、ご自身がボルネオで進める霊長類学の調査のなかで、お子さんを連れてフィールドワークを行った経験をご紹介された。なお、「RPD=Restart Postdoctoral Fellowship」とは日本学術振興会JSPSが、研究員の出産・育児休業に当たる制度として設定しているもので、(その趣旨に照らせば当然のことではあるが)他の研究員の制度とは異なり、一子誕生につき一度ずつ利用可能だということだ。

 椎野若菜さんの「子連れフィールドワークの調査スタイル:現地の幼稚園にいれてみる」では、ケニアのルオ社会をフィールドに文化人類学の調査をされた経験や、学会でクロアチアやインドなど様々な土地に訪れた際のエピソードから、小さなお子さんをフィールドに連れていく大変な苦労と、非常にチャレンジングであるからこその面白さが語られた。パートナーの方はウガンダを拠点に仕事をしておられ、日本がベースの椎野さんは普段は一人で子育てをしている。子供が小さいとき、フィールドワーカーはいかなる選択をしうるのか、とても画期的な話だった。

 久世さんが、苦労してフィールドのボルネオの森のなかに長女を連れて行ったにもかかわらず、お子さんが研究に関心を示さないことにショックを受けたとお話されていたことや、椎野さんが、お子さんが現地の幼稚園に溶け込みながら成長していくエピソードを生き生きと語られていたことからは、フィールドワークを人生の一部として生きる研究者が、フィールドワークを自身の家庭での教育に活用する可能性がうかがえた。

 まさに子育て中にあるお二人の経験談に対して、京都大大学院理学研究科の蔦谷匠さんと、低温科学研究所の的場澄人さんからは、また別のライフステージにある研究者の姿が紹介された。

 蔦谷さんは日本学術振興会特別研究員PDとして京都大学に籍を置き、自然人類学や地球科学の視座から、ヒトや大型類人猿の研究をされている。「ヒトの授乳・離乳から見据える生物と文化の齟齬」(同内容が、『現代思想』2017年6月号の記事として出版されている)と題して、授乳を軸に現代の様々な例を用いて、「生物」としてのヒトと「文化」としての人間が矛盾を来していることを議論されたお話も大変興味深かったが、後半の話もとても面白く聞かせていただいた。若手研究者が暮らし、仕事をしていくときの体験談を紹介されたのだが、報告者自身も同様のステージの若手研究者であるために非常に共感を覚えて参考になった。蔦谷さんご自身もパートナーの方も若手研究者で、同時期に沖縄と京都という別々の場所で職を得たとき、蔦谷さんは沖縄にいながらにして遠方の大学での勤務をするという決断をされた。こうした中で、どのような苦労と工夫があったのかを、「学振PDのリモートワーク体験記」としてお話された。

 他方で、「オジサン世代のライフイベントとフィールドワーク」について発表された的場さんの場合は、より進んだステージでの経験談である。フィールドワークによる北極観察をライフワークにしており、基本的にはお子さんが小さな間は家族に預けて長期間現場にでかけていくというスタイルで研究を進めてきたご自身の経験や、同世代の他のフィールドワーカーが家族との関係を取り持ってきた工夫などを紹介された。家族の介護、学生の教育、体力・・・と、ステージが進めばまた別の新しい課題が生まれるのだ。

 その一方で、これらのような研究者個別の取り組みを、研究機関のありようから支え、改革に取り組んでいるのが、女性研究者支援室の長堀紀子さんだった。発表「研究者を研究する?女性研究者支援の立場から」では、研究機関における男女共同参画の取り組みを、特に女性研究者の現状からお話された。役職の高い女性研究者が学内に少ないことで、女性に特有の課題が管理職層に理解されず、不均衡の是正が進まない問題に対して、上位職登用への取り組みまれていることや、一般に女性人口が少ないと思われている「理系」における女性のキャリアについての普及活動など、意義深い事業について紹介された。フロアからは、自身の実体験とも関係していることも手伝い、時間をぎりぎりまで使うほどに議論が絶えなかった。

 これらフィールドワーカーの働き方/暮らし方の多様なあり方は、百者百様であるだろう。様々なステージや条件のなかで、工夫と苦労をされているエピソードを知ることはとても貴重な経験だった。自身が置かれた立場を少しだけ引いた目でとらえることにも、また、今後の自分の暮らしや仕事を考えるためにも非常にためになったように思う。

 変わって二日目の「フィールド研究におけるデータ、メディアアーカイブの分野横断的な共有と情報発信」では、研究方法論についての議論や、アカデミアにとどまらない多彩な教育活動の紹介がなされた。

 報告者小森の拙論「デジタルヒューマニティーズによる領域横断性:ミュージアムにおけるフィールドワーク調査」では、ミュージアムを研究対象とする分野で自身が行なったフィールドワークを紹介しながら、デジタル時代における研究・調査、資料保存と活用についての議論を行なった。デジタル機器を活用したフィールドワーク、デジタル的な資料保存・保護とその活用や、実務と研究の双方におけるデジタル化の意義や、デジタル化による研究領域の拡大と細分化などに関して、幅広く意見を交わした。単なる研究方法論についての議論を超えて、アーカイヴズ学や資料論的なアイデアに展開するようなコメントもいただき大変参考になった。実務と研究、及び、理系文系の垣根を越えた本会ならではのことだと感じ、この場を借りて感謝したい。

 東京学芸大学の小西公大さんからは、ご自身が取り組む 「世界を変える教育 ~フィールド教育・アート教育・変人教育~」という、大変に面白く、より広い射程で未来につながる教育のお話をいただいた。人間が生まれて社会化される過程で、それぞれが持っていた個別の特性が相対的な尺度で価値を決められ、型にはめられていく中で失われていくなかで、多くの子供が持つ偏差値ならぬ「変差値」を見出し、いかにそれを残した「変人」として教育ができるのかを追及するのが「変人類学」であるという(研究所ウェブサイトhttps://www.facebook.com/henjinruigaku/ )。変人を見つけ、育ちやすい環境を抽出し、そこから教育方法論の開発までを目指すその先に、「変人でいること、変人類を受け入れられることが、世界を変える原動力になる」という大きな目標を掲げる変人類学は、一見すると特殊能力教育ともとられかねないような名称だと思うが、その見方は大きな間違いである。「他者」への不寛容が蔓延り、本当の意味での多様性の実現が差し迫って求められている現代社会において、人間のありようを捉えなおす突破口となる可能性を秘めていると感じた。

 埋もれた「豊かさ」の発見、という意味では、人間文化研究機構の丹羽朋子さんからの事業報告もまた、とても刺激的だった。「エンサイクロペディア・シネマトグラフィカ(EC)」とは、1952年にドイツ・国立科学映画研究所から始まった「映像によって百科事典をつくってしまおう」というプロジェクト。80年代までに3000点ほどのタイトルが作られ保存されていたが、その媒体の多くが16㎜フィルムということが足枷となって活用が進まなかったものを、日本でこれらを管理・保存する下中記念財団の協力のもと、丹羽さんたち活用委員会が上映イベントなどの形で再び光を当てる活用を始めている(ECウェブサイトhttp://ecfilm.net/)。来月12月2日からは、昨年より恒例企画になった七夜連続の上映会が、毎晩テーマ別に豪華ゲストが参加するフェスティヴァル形式で予定されている(http://ecfilm.net/show/pole2-2 )。研究者をはじめとする様々なフィールドワーカーによる万物の記録が、一度忘れられ、そして現在、形を変えてもう一度豊かなものとして発見される。分野の垣根などどこかにやってしまい、埃をかぶっていたデータを創造的に活用する形である。

 最後に、立山カルデラ砂防博物館の福井幸太郎さんからFENICSサイトのリニューアルと運用方針に関するいくつかの発議があり、法政大学の澤柿教伸さんの協力のもと、ウェブ上での発信を重視しながら今後も出版事業を進め、FENICSの次年度への活動へとつなげていくことが確認された。 

 きわめて多彩なことを考えた両日だった。「フィールドワーク」をいわば口実に、研究と「生きること」について、境目を取っ払って徒然と考える機会をいただいた。

小森真樹(東京外大アジア・アフリカ言語文化研究所)

 

ミュージアム研究 |

第13巻「フィールドノート古今東西」執筆者

フィールド:アメリカ合衆国フィラデルフィアほか