2017年6月18日、武蔵小金井にて、「世界を変える教育 ~フィールド教育・アート教育・変人教育~」というイベントが開催された。主催はFENICS×こどもみらい研究所×変人類学研究所。三つの研究者団体による合同イベントである。

 最初に、フィールドワーカーのネットワークであるFENICS代表・椎野若菜さんが話された。「フィールドワークは専門家のものではない。研究者のためではない研究だ」という旨の言葉が印象的だった。次に司会・小西公大さんがイベント趣旨を話された。今回のキー概念である「変人教育」には、フィールドワーカーの「いかに外に飛び出していくのか」という視点や、アートの「価値観・常識の既存の枠組みを超える」視点が必要なのだ。

 一番目のセクションは澤柿教伸さん・澤柿教淳さんによるお話。お二人は兄弟で、兄・澤柿教伸さんは氷河や地質の研究者、弟・澤柿教淳さんは理科教育法が専門で、学校教員を経て現在は大学教育学部で教員養成に携わっている。教伸さんは20年位前から南極観測隊として4回南極に行っており、一方教淳さんは2012-3年の4ヶ月、教員派遣隊員として南極に初めて行ったそうだ。インターネットで昭和基地から映像を送って小学校で教える、この「南極教室」。教材を作る時は、研究者と見るポイントが違って、子どもたちにどう感情移入してもらうかを意識する。研究者はサンプリング等で失敗したケースについて、特に論文にしたりはしないわけだが、教員はその本気の失敗に光をあてて教材が作れる。このようなお話を聞き、フィールドに様々な目的の人がいるのは重要だと感じた。

 二番目のセクションは、造形作家の下中菜穂さん、小金井アートフルアクションの宮下美穂さん、文化人類学の丹羽朋子さんが、1950-80年代にドイツで作られた「映像の百科事典」学術映像アーカイブである「エンサイクロペディア・シネマトグラフィカ」(ECフィルム)の活用プロジェクトについて話された。上映会では、突然無音の映像が流れる。目の前で謎のことが繰り広げられて、意味がわからないままに見るという状態だ。これはある意味フィールドワークの経験に近い。音がないので、みんなで感想を言い合いながら、どういう映像なのか謎が解けるまで好奇心が育ってゆく。今回のトークでは特に、小金井の小学校で行った「映像のフィールドワーク」ワークショップのお話が中心だったが、それは主催者自身もどうなるか分からない不安からスタートしたそうだ。「答えのなさに大人がどれだけ伴走できるか」。即ち、子供は答えのなさに耐えられるが、大人は簡単には持ちこたえられないのだ。このワークショップは、世界各地の紐や縄づくりを写したEC映像を単に上映するだけでなく、写されていた作業を実際に当日やってみるという試みだ。大人のプロジェクトメンバーは事前に実験して素材や道具の準備はしたものの、当日は誰も専門家がいない中で、映像を頼りに、子どもたちと一緒に紐や縄を手で作りながら、映像のなかの人々の暮らしや技術の中の知を実感したという。こういう、実際にやってみようと思う視点があると、映像の見方も変わるのだ。

 三番目のセクションは、変人類学研究所の小西公大さん、正木賢一さんから、「変人教育」の可能性が語られた。変人教育のような取り組みは最近様々な方面に似た取り組みがあるが、それらはどうやって広げていくかが問題だ。まだ研究が浅いのにTVにもラジオにも取り上げて頂き有り難い限りだが、単にブームで終えるのではなく、教育のフォーマットとしてどう変えていくかを考えなくてはならないと問題提起が為された。偏差値ならぬ「変差値」は誰もが持っているもので、小学校に入った時は最も変差値が高い。しかし、均質的な教育のなかでそれが失われてしまい、すべてが想定内のものになってしまう。EducationはEduto(引き出す)が語源であり、本来他者が出来を評価するものではなく、自分はすごいのだと自分で評価できるように、自己の旅路をどうナビゲーションするかというところに重点が置かれるべきものだ。しかし現状の教育では、自分の変わっている部分にフタをしてしまい、自己肯定感が失われてしまう可能性がある。どんな人生を描くかの教育ではなく、こうやったら良い成績が出る、というようなことばかり教えてしまう。子どもたちは「遊ぶ」と「学ぶ」とをそれほど住み分けていないし、遊びには失敗もない。しかしそこに、成功がフォーマット化されて与えられてしまっていて、それを消費することでしか楽しめない状態になってゆく。今後、AI等が発展してゆく世界の中で、PDCAサイクルを高速で回すだけの人間は淘汰されるかもしれない。変人エネルギーをどう残していくかが喫緊の課題であろう。そのようなことが語られた。

 次のセクションでは、少し雰囲気を変えてカフェ形式で、NPO法人こども未来研究所主催で、<まちのカルチャーカフェ>という枠で社会人類学の椎野若菜さんと学芸大付属幼稚園教諭の中野圭祐さんからお話があった。中野さんは幼稚園での子供たちの、三歳児と五歳児の違いのお話をしてくださった。ある三歳児の遊び方では、双眼鏡のなかを自分は見ないで、大事にしているぬいぐるみに双眼鏡を使わせてあげようとする。これは、自分とモノが一体化している感覚であろう。これに対し、ある五歳児の遊び方では、他の子が見ているのと同じ方向を見るようになる。他者の視線を感覚しているのだ。

 椎野さんは「子連れフィールドワーカーが見た世界の子育て」についてお話して下さった。椎野さんはウガンダ人とご結婚されていて、お子さんが一人いる。研究者として世界を飛び回りながらお子さんを育てたご自身の体験から、多様な視点を持って教育をすることの重要性をお話下さった。椎野さんはパートナーとの間に40歳でお子さんができたそうだが、パートナーはウガンダで仕事を持っているため、最初の1年はほとんど1人で子育てすることになってしまった。生後4-5ヶ月のお子さんを抱え、ドバイに渡り、ナイロビに渡り、シンポジウム等では子守を人にお世話になり、と大変な生活を送っていたそうだ。印象的だったのは、パートナーの家族のもとに行ったときの話で、これまでの調査者と対象の関係とは違う、子供を介しての人間関係が築けたという話だった。子供を持った途端に、その子のママとして見られるようになるのだ。これまで椎野さんは寡婦の研究をしていたこともあって、家族関係を観察していたが、実際に家族がベビーシッターをしてくれたりすると、こちらも新しい視点で見えるようになる。その他にも、子供を介し、フィールドでの多くのことが「見える」ようになる事例は沢山ある。例えばスラムを調査するとき。子供が2歳のときで、椎野さんは誰かに預けるわけにもいかず、お子さんを治安や環境もよくない場所に連れて行かざるを得なかった。しかし、スラムにも子供たちは沢山いて、お子さんと遊ぼうとする。そういうとき、椎野さんは強い葛藤を覚えたという。自分は絶対に保守的でなかったはずなのに、自分の子供のことになると、生まれてきた時の菌の環境も違うし、気をつけないといけない等、悩んでしまう。「え? これ私?」と自分の感情に驚くこともしばしばだったそうだ。椎野さんはそんな中で、様々な文化の子育てを見てきた。そこでわかったことは、どの国の子育てもそれぞれ違い、日本はその一つでしかないということだ。

 最後に、会場の参加者全員で車座になって、フランクに意見交換がなされた。なかでも重要な示唆を与えてくれた意見は、「セミフィールドワークをみんなするといい」という話だった。違う人がいるんだってことを体感する。違ったって良いんだってことに気付く。そういうことが、フィールドワークと変人教育、そしてアートの接点なのだろう。こうして、イベントは盛況のうちに幕を閉じた。

神経科学 at 東京大学 |

14巻『フィールド写真術』分担執筆者