FENICSサロン「子育てフィールドワーカーのロールモデルを探る」報告

四方篝・椎野若菜(12巻『女も男もフィールドへ』執筆者 http://www.kokon.co.jp/book/b238440.html

 2018年1月20日(土)、京都大学稲盛財団記念館において、FENICSサロン「子育てフィールドワーカーのロールモデルを探る」が開催された。インフルエンザが全国的に猛威をふるうなか、お子さんの発熱等で参加を予定されていた方から欠席の連絡が相次ぎ、どうなることかと心配したが、当日は20代〜80代まで、老若男女、子連れカップル、教員、研究員、学生、留学生、妊娠中の方など、京大内外からさまざまな立場の方々が足を運んでくださり、スピーカーをあわせて総勢20名ほどの参加となった。今回のサロンは、民族自然誌研究会、京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科(以下、ASAFAS)子育てフィールドワーカーワーキンググループ、ASAFASキャリア・ディベロップメント室との共催で行われた。ASAFAS子育てフィールドワーカーワーキンググループの協力のもと、子どもが遊べるスペースを会場内に設け、3人の子どもたちが遊ぶなか、終始なごやかな雰囲気でサロンは進行した。

 まず、司会・進行の四方が趣旨説明を行った。以下、少し長くなるがその内容を紹介したい。「子育てフィールドワーカーのロールモデルを探る」という今回のテーマ着想の経緯には二つある。ひとつめは、日本学術振興会・特別研究員RPD交流会での四方の経験によるものだ。RPDというのは、Restart Postdoctoral Fellowshipの略称で、出産・育児による研究中断後に円滑に研究現場に復帰できるように支援する日本学術振興会の事業であり、四方は2度の採用経験がある。RPD交流会での意見交換をとおして印象的だったのは、海外での研究活動に不安を抱いているのは、フィールドワーカーに限ったことではないということだった。分野を問わず、海外での研究実績を積みたいと考えている研究者は少なくないが、子持ちの研究者がどのように海外での研究活動を実施しているのかについての情報はごく限られている。海外での出産・育児経験のある四方は交流会の参加者から質問攻めにあうことになったが、そのやりとりのなかで、子育て中の研究者間での情報共有の必要性を強く感じたのである。

 ふたつめは、昨年、アフリカ学会で開催したFENICSサロン「フィールドワーカーとライフイベント:アフリカ編」の参加者から寄せられたコメントである。若い研究者、とりわけ女性研究者たちは、先輩たちが結婚・出産・育児といったライフイベントと研究活動をどのように両立してきたのか、また、どのようなキャリア形成のパターンがありうるのかを知りたいと思っている。

 以上をふまえ、本サロンでは子育て中のフィールドワーカーの具体的な事例を紹介することに主眼をおいた。パネリストは、年齢、性別、結婚・出産のタイミングやパートナーの職業、現在のポジション等が異なる5名の子育て中フィールドワーカー(椎野若菜(東外大・准教授)、佐藤靖明(大産大・准教授)、四方篝(京大・学振RPD)、佐々木綾子(日大・助教)、藤澤奈都穂(京大・学振RPD))である。それぞれのライフイベントとキャリアの履歴をたどることで、育児と研究の両立における課題やその解決策について情報交換・共有すること、また、多様な生き方を知ることで、どのような研究者人生がありうるのかを探り、キャリア形成や人生設計のヒントを得ることを目的とした。

 趣旨説明の後、FENICS代表の椎野が、これまでのFENICSサロンについて紹介した。サロン開催時の写真を交えながら、3年前の2015年に第1回が開催され、今回で実に9回目を数えるまでになったことが報告された。

 パネルディスカッションでは、パネリストそれぞれが、年表を用いて各自の研究活動とライフイベントの履歴を振り返りながら、育児と研究を両立するうえで困難を伴ったエピソードや工夫している点などについて紹介した。四方、椎野については12巻『女も男もフィールドへ』を参照していただくことにし、ここでは佐藤、佐々木、藤澤のエピソードを簡単に紹介しておきたい。

 佐藤と佐々木は、現在ともにそれぞれのパートナーとは離ればなれで暮らしているが、その生活は対照的である。佐藤は月に数回、遠方に暮らす妻と子供の元へ通う生活であるのに対し、佐々木は関西から関東へ二人の子供を連れて赴任し、実家の両親とともに暮らしている。佐藤は、子供を授かった後も、以前と変わらず毎年フィールドワークに出かけていて、妻との関係がギクシャクした時期のエピソードや、その後、彼自身が後押しするかたちで、妻が遠方のプロジェクト助教の職を得て、子連れ赴任することを決めるに至った経緯について紹介した。

 佐々木は、今年度に定職を得るまでの数年間、週一回の非常勤講師でなんとか研究との関係をつなぎとめつつも、孤独な子育て環境のなかでさまざまな心の葛藤があったこと、そうした悩みを誰にも相談できずに過ごしたこと、その後、子連れ赴任してから現在に至るまでの夫との関係等について、佐藤の例とも比較しながら紹介した。子育てと研究のはざまで、誰にも相談できずに葛藤した時期の話は心に刺さった(佐々木による12巻の書評[https://www.asafas.kyoto-u.ac.jp/publications/6284]も参照されたい)。会場には、単身赴任・別居生活の可能性があるという子連れカップルも参加しており、女性側・男性側両者の経験談は、大いに参考になったと思う。

 登壇者のなかでもっとも若い藤澤は、結婚し子供をもったときに、今後も藤澤がフィールドワークを継続するために、どのような生活・仕事スタイルを選択すべきなのかを夫と相談し、夫が勤めていた会社をやめてフリーになり、家事・育児ともに二人でやっていく方針を決めたこと、その後、家族全員で出かけるようになったフィールドワークの醍醐味や課題について紹介した。彼女の例から、若い世代の男女観、働き方にたいする姿勢に変化が見られることを感じたのは、わたしたちだけではなかったと思う。

 フロアを交えたディスカッションでは、子育てフィールドワーカーが抱える課題とその解決策、教員や大学・組織の対応のありかた等、さまざまな意見交換が行われた。子育て中のフィールドワーカーからは、科研費の使用に関して倫理講座があるのと同じように、幅広い世代の研究者に今回のサロンのような場への参加を義務付けてほしい、つまり子持ちの若手研究者の境遇についてまずは知ってもらう必要があるのではないかという意見が出た。また、指導者の立場からは、ライフイベントとキャリア形成のバランスについてアドバイスする際の難しさが指摘された。サロン後のアンケートでは、「具体的な事例やアドバイスを聞けて参考になった」、「スピーカーのバイタリティに勇気をもらえた」、「とても刺激的なテーマだった。夫婦ともに興奮して、帰路では議論が絶えることなく将来の日本の子育てのあり方について話すことができた」といった感想のほか、出産を控えた研究者が研究費やプロジェクトを運営する際の課題や、育児中の男性研究者のネットワークの必要性についても意見が寄せられた。

 FENICSサロン終了後、同じ会場で開催された民族自然誌研究会第89回例会「木かげの民族自然誌:茶・コーヒー・カカオのアグロフォレストリー」では、サロンに登壇した佐々木、藤澤、四方がそれぞれ研究成果を発表し、佐藤が司会をつとめた。活発な議論が繰り広げられ、発表者一同、非常に充実した時間をすごすことができたのだが、ここでは、その後日談を紹介しておきたい。

 研究会から数日後、研究会に参加したという若い女子院生から「就職をやめることにしました」と聞かされた。彼女は修士論文を書き終えたところで、当初、研究はやめて就職することを予定していたらしいが、わたしたちの研究発表を聞いて考えを改め、博士課程に進学することを決めたのだという。「みなさん、子供をもちながら、あんなふうに研究を続けているのを知って」とのことだった。あまりに驚いて言葉が出ず、おもわず彼女を抱きしめた。育児と研究両立のノウハウを紹介することや男女共同参画に向けた制度の拡充を目指す活動は、若手研究者が将来のキャリアを思い描くうえで重要になることはまちがいないが、研究継続へのモチベーションを引き出すうえで重要なのは、子育て中の研究者が研究を楽しんで続けている、その姿を見せることなのだということに気づかされた。

農業生態学 at 京都大学 |

社会人類学 at 東京外国語大学 |

FENICS代表